アスパラガス

2013年6月

 

 

ヨーロッパ人にとり、春を告げる野菜はアスパラガス以外にありません。特にホワイトアスパラガは、かのブリア・サヴァランもその著書「味覚の生理学」の中で、2章もさいて絶賛する力の入れようです。ホワイトアスパラガスは、シコンとならび“白い野菜”作りがお家芸のベルギーの優良野菜です。

 

起源は?

 

 エジプトの壁画にもアスパラガスが神への供え物として描かれていることや、原産種と思われる野生のものが南北アフリカに見られることなどから、考古学者はエジプトではすでに栽培されていたと推測している。ギリシャ人はこれを催淫薬としてその薬効を認めていた節があるし、ラテン語の“Asparagus”は元来ギリシャ語からきていることから、ギリシャでも珍重されていたと思われる。その後、ローマ人が本格的に栽培に成功、貴族の食卓を飾っていたようである。しかし、栽培に手間がかかるためとても高価だったと見えて、大プリニウス(ラテン学者)も次のように嘆いていた。「自然はよくしたもので、野生のアスパラガスを我々(庶民)に摘ませてくれる。あのラベンナ〈イタリアの都市名〉で栽培されたアスパラガスなんぞは、一生かかっても口に出来ないのだから」。

 

 このように、紀元1世紀でさえ、その“高嶺の花”ぶりが取り沙汰されていた野菜の女王アスパラガスだが、どうもその頃のアスパラガスは、現在我々が知っているアスパラガスとは多少異なっていたと思われる。ロカンボルという、今ではあまり市場に現れない野菜があるが、多分これの野生ものではなかったかとの意見が多い。では、このロカンボルとはどんなものなのか。フランス語では一般的に“スペインのエシャロット”“赤ニンニク”と呼ばれているもので、ニンニク、エシャロット、長ネギを合わせたような外見や味がするものだ。ちなみに日本語訳は“ヒメニンニク”“スペイン冬ネギ”とある。

さて、2千年もの間、美食家達に愛されていたアスパラガスだが、ゲルマン人の侵略後なぜか一切その名が聞かれなくなった。あたかもヨーロッパの土地から忽然と姿を消した感のあったアスパラが、再びヨーロッパに現れたのは実にイスラム教徒のおかげといえる。アラブ人はイベリア半島に侵入し猛威をふるったが、その時に、彼らの間では続けられていたアスパラ栽培を置き土産にしたのだった。こうしてスペインに入ってきたアスパラガスは、再びヨーロッパに根づくことになった。スペイン経由で一方ではフランスへ、もう一方ではオランダ、ドイツへとアスパラガスはその道を広げて行ったわけである。

 

フランスへの道

 

 アスパラガスはその貴重さ故、特権階級しか口にできないものであった。アンリ3世はその寵臣と食べ、ルイ14世にいたっては、一年中食卓にのせるよう命令を下したほどの溺愛ぶりを示した。そこで、宮廷付きの庭師ド・ラ・キインティニは、温室の中でアスパラガスに培養土をするという画期的な方法を考案、こうして12月から王家の食卓にアスパラが並ぶことになった。栽培されたアスパラガスがブルジョワ市民の口にも入るようになったのは19世紀以降のことで、これはパリ周辺やアルジョイントイでの栽培が可能になったからである。

 

 

ブリア・サヴァランとアスパラガス

 食通で知られたブリア・サヴァランだが、その著書「味覚の生理学」のなかではあまり野菜について触れていない。しかしホワイトアスパラガスについては別であった。次のエピソードなどは当時のパリの世情を端的に映していておもしろい。

 2月のある日、パレロワイヤル通りにあるマダムシュヴェの店の前を通りかかると、それは見事なホワイトアスパラガスが置かれていた。値段を尋ねると「40フランですよ、ムッシュー」と彼女はこともなげに答えた。当時の職人の日当が2.50フランというご時世なので、これを買えるのは皇太子ぐらいだろうねと言うと、「とんでもない、貴族の方々でもこんな上等なものは召し上がれませんよ。買えるのはさしずめ、ブルジョワか大金持ちの愛人をもった美女でしょうね。『あ~ら、あなたご覧なさいましよ。なんてきれいなホワイトアスパラガスでしょう。家の女中はソースを作るのが得意なのはあなたも御存知ですわよねェ』。見栄を張った愛人は、値切りもせずにお買い上げ!まあ、こんな具合ですよ、ムッシュー」。こんな会話を交わしていると、店の前を二人の太った英国人が通りかかった。アスパラガスを目敏く見つけ、感嘆の様子で入ってくると、手に取り値段も聞かず買い上げ、小脇にかかえ“God save the king!”と足取り軽く去っていった。

 

また19世紀の作家アナトール・フランスは、その劇中で、庶民にとっては垂涎の的のアスパラガスを次のように言わせている。ポロネギが手にはいると彼は叫んだ“アスパラガス一束”。この劇が発表されて以来、ポロネギのことを“貧乏人のアスパラガス”と呼ぶようになった。

 

ベルギーへの道

 

 スペインの支配下にあったオランダに、ホワイトアスパラガスが入っていきたのは14世紀頃と思われる。その頃の医学の古文書をみると、水で煮たアスパラガスは肝臓障害や尿の炎症に効くとの記述があるからだ。そして、ベルギーにアスパラガスが入ってきたのは、海路貿易で栄えるオランダ船が出入りしていたブルージュやゲントの港からだった。当時のブルージュはアルプス北方にある最も大きなヨーロッパの街であったし、同じくゲントも羅紗(ラシャ)工業で繁栄、大きな港を有していた。

 

真珠色の茎とガラス細工のように繊細で美しい穂をもつホワイトアスパラガスの高貴な姿は、16世紀のオランダ静物画家を引きつけずにはおかない。すでにこの辺りではホワイトアスパラガスの栽培がおこなわれていたことが分かる。しかし、オランダでホワイトアスパラガスを食卓にのせていたのは、王侯貴族よりはむしろ、貿易で巨大な富を築いていた大金持ちの商人達であった。

 

19世紀にベルギーのブラバン地方での栽培が特に発達した。これは砂が多いという土壌の質と天候に加え、根気のいる仕事に向くメヘレン(仏語:マリーン)人気質が大いに関与していた。それ以降、現代に至るまで、メヘレン産のホワイトアスパラガスは高級品としてグルメの世界に君臨している。

 

アスパラガスのミニ歴史の次は実践に役立つ情報

【種類】

 

“白”は繊細で品のある味、“緑”はかすかにキャベツを思い起こさせる野生の風味、“紫”は果実の薫り高く、と各々に個性のあるアスパラガスですが、元を正せば実は同じもの。色、香り、味の違いの秘密はその育て方にあります。

 

  白:砂の多い土壌で栽培。緑に色づくのを防ぐため倍土をして、軟白させながら育て、日の光には絶対当てません。まさに深窓の令嬢です。アスパラガスは食用に適するまで3年間もの期間と、植え換えという根気のいる作業が必要ですが、でもそれだけでは不十分なのです。アスパラガスがまさに頭を出そうとしている土の表面を読みとり、地表に現れる直前に、手で土をそっとかき分け掘り起こさなければならないので、経験とカンが要求されるのです。天気の良い時は色づくのを防ぐため、日の出前に収穫し、その後の作業もすべて手作業となるので、値段が高いのも当たりまえ。

 

紫:地上に頭を出させ少しだけ日に当て光線を吸収させ、薄いピンクから紫色になった時点で収穫。スペイン、南フランス産に多い。

 

緑:のびのびと太陽の下で育った葉緑素たっぷりの元気印。

 

  アスパラガスはユリ科で、その仲間にはニンニク、タマネギ、ユリ、チューリップがあります。根は根茎〈根っこの集合体みたいなもの〉で、ここから出た芽(走出茎)は光を求めて真っ直ぐに地上に延び、我々が食べる部分は若い茎と穂なのです。そのまま放っておくと茎は木質化し、シダのような葉が穂先から広がります。根茎は約20年間、若い茎を生み続けます。

 

【アスパラガスを買うには】

 いずれの種類でも手に持ってずっしりと重い物が良く、白を選ぶ場合は真っ白な茎と固く締まった穂先のものを選びます。鮮度をみるには茎の下の方を折ってみると、ポキッと水気がほとばしるぐらいのものが最高。ホワイトアスパラガスは皮をむいて料理しますが、新鮮であればあるほど折れやすいので注意。また、穂先が黄色いのは開花の兆候で、根元が乾いて茶色がかったものは収穫後時間が経っている証拠です。

 

【調理方法】

 買ったアスパラガスはその日のうちに調理が基本。どうしても無理なら湿らせたふきんで包み冷蔵庫の野菜室へ。ゆでるか蒸すのが料理方法ですが、アスパラガス専用のバスケット付きの背の高いステンレスの鍋があると、茎の部分は熱湯につかり、火が通りやすく崩れやすい穂先は蒸気で蒸されるので、完璧な加熱方法といえます。加熱しすぎは禁物なので、鍋でゆでるときはアスパラガスの茎をタコ糸で縛っておくと、ゆで加減のタイミングを外さず、また取り出しに便利です。

 アスパラガスは卵と相性がよく、典型的な料理方法はオランデーズソースを添えるものと、フラマン風とがあります。いずれもホワイトアスパラガスの繊細さを失わないシンプルな食べ方ですが、オランデーズソースの方は作り方に少しコツが必要なので、溶かしバター、ゆで卵のみじん切り、パセリのみじん切り、塩、コショウのみのフラマン風に是非トライして下さい。市販のマヨネーズをつけて・・・なんていうとアスパラガスが泣きますよ。

参考文献:・La cuisine des Belges, Dirk De Prins, Nest Mertens, Edition du Chêne,

           Les légumes DU MAY

           Les légumes Parangon,   ・世界食材典 柴田書店