マスタード工場見学記

―広告掲載料や陳列待遇に負けないで!―

           2012年10月

皆さんのご家庭にも一つはマスタードがありますよね?

でも、コーラやジュースのように、あればあっただけつい飲んでしまう物とは違い、マスタードはそうは一度に口に入れるものではありません。しかし...欲しいときに切らしているとこれがまた、たまらなく悲しいのも事実。肉類の味をグッと引き立ててくれるマスタードは、やはり無くてはならない料理の友です。でも「ベルギーのマスタードは何だか辛みが少なくって、やっぱりウチはピリッと辛い和からし派だわ」とおっしゃるアナタ。そうです、確かに下記のように世界各地で好まれる味は違っているようです。

 

北ドイツ                = 少し甘いのが好き

南、ミュンヘン          = 辛いのが好き

シベリア                = 茶色の濃いのが好き

アメリカ                = 黄色でゼラチン質のものが好き

フランス                = セミ・ストロングからストロング

ベルギー                = セミ・ストロングのあまり辛くないものが好き

 

 

 

 

 では、味にうるさいボナ・ぺティスタッフが一押しのマスタードをご存知ですか? その名は「Bister(ビスター)」。 主力商品の「Imperial(インペリアル)」は、茶色っぽく、初めて見た時(マスタードは黄色という先入観があるせいか)「これ、マスタード?」と思うほど。でも、辛くないけれど実に味わいのあるマスタードなのです。そこで今回は、小規模な家族経営ながらも美味しいマスタード作りに情熱を燃やす「ビスター」の工場を訪ねてみました。

 

マスタードの製造工程

 

 そもそもマスタードの粒はどんな植物から取れるかご存知ですか? 日本の「和からし」は「カラシナ」の種の油を絞った後の種子をすり潰して粉にしたもの(辛みが強い)。マスタードはその西洋版「セイヨウカラシナ」の種子をすり潰したものです(「カラシナ」よりも辛くない)。「菜の花」と同じナタネ科の植物で、花の形状はほぼ同形です。但し現在ではベルギー国内での栽培はされておらず、ビスターの原料は全てカナダなどの海外に頼っているそうです。「ビスター」では4種類のマスタード粒を使用、これらを調合して独特の味を作り出しています。さて、マスタード作りの基本は「マスタードの粒」「酢」「塩」そして「水」、更に蜂蜜・ナツメグ・その他のスパイス(調合内容は企業秘密!)を加えるという、いたってシンプルなもの。では、辛さの違いはどのようにして生まれるのでしょうか。実は、最初の工程、マスタードの粒を臼で粉にするときの圧力のかけ方で味が違ってくるそうです。こうして、上記各国のマスタードの味の違いが出てくる訳ですね。

  マスタード作りの工程は

  マスタードの粒を臼で粉にする

  これに、酢・塩・水・スパイスを加えて混ぜ、加熱する

  55度になったものを地下室で3~4日間寝かせる

  瓶詰めし、出荷

の順で行われます。

 実際には、建物の3階から工程の①が始まり、次第に階下に下がってきますが、我々の工場見学は、衛生上その他の理由から、③と④の工程だけとなりました。全員(似合う人も似合わない人も)シャワー・キャップ状の不織布を被り、さあ見学開始! ③のところでガイドさん曰く、「55度で出てきたマスタードは、非常に辛く、以前味見をした女性が顔を真っ赤にしてヒイーヒイー言った」とのことですが、きっとベルギー人ですね(日本人なら大丈夫だったかも)。 ④では、英国から輸入しているという手榴弾型のビンに自動的にマスタードが入れられた後、たった2人の娘さんが手作業でふたを閉めていました。指輪や時計禁止の貼り紙もあり、こんなところにも小規模工場の微笑ましさが垣間見られたように思いました。ところが商品の宣伝・販売についての解説を聞いたとき、我々一同の中に大きな衝撃が走ったのでした・・・。

 

スーパー、広告での試練と戦う

 

 毎週入る広告の束、その量の多さにチョッピリうんざりしながらも、行きつけのスーパーのチラシには目を通し「今週の安売り」をチェックしてしまうのは「賢い主婦の勤め」か、はたまた「女性の(さが)」か・・・。しかし、その「プロモーション」の陰には様々なバトルが隠されていたのです。その方面に詳しい方は概にご存じでしょうが、多くの方はそのからくりを知らずにスーパーのチラシを見ていらっしゃるのではないでしょうか。

それでは、ベルギー最大の「カルフール(多国籍企業)」を例にとってみましょう。たとえばあなたが、小規模工場の社長兼広報部長(兼小間使い)だとして、自信満々の自社製品を売り込むことになったとします。まずはお店に置いてもらうため、スーパーの社長(責任者)に交渉し、場所を確保するだけで14.874ユーロ(*注:数年前の見学なので今もっとするはず)。これも売れ行きが悪かったり、もっとお金を出す他社の商品が現れると「はい、さようなら」です。さて、「売り場は確保したし、広告にでも載せよう」と思ったら、1回(1週間)1ページで23.550ユーロ、小さい広告で8.676ユーロ。それだけではありません、年間売り上げの15%も納めなければならないのです。ついでに「お買い物カードのポイントもつけましょう」となったら、その分の換算金額もあなたが全部負担することになるのです。「じゃあ、せめて陳列場所だけは良いところを・・・」残念! これも更にお金を払うのです。かくして、良質・良品を誇る御社の製品は陳列棚の下の方や手の届かない上の方に、ひっそりと並ぶことになるわけです。つまり、広告費用を潤沢に出せる大企業は常に派手な広告を繰り返し、絶好の陳列位置をキープしている訳です。

そう思って見てみると、確かに大企業のものやスーパーの自社ブランドのものが中央付近のいかにも取り易いところにあると思いませんか? これからは棚への目線を広げ、下の段へも注意を向けてみましょう。小規模企業で作られた珠玉の一品は、中央の段から外れた所にあり、アナタが気付いてくれるのをじっと待っているかもしれません。(*注:デレーズは、自身が小さいスーパーから始めたので、ビスターなどの中小企業に同情的。値段や待遇なども大幅に考慮してくれている。Imperialの最大納入先。)

 

見直されるマスタードの効用

 

巨額の広告費等で頭がクラクラした後は、マスタードの効用のお話を。昔は冷蔵庫もなかったので、少しくらい痛んだ肉にマスタードをつけごまかして食べていました。近年米国の影響で、ハンバーガー屋においてもケチャップに主役の座を奪われがちなマスタード。ところが最近、マスタードの効用が見直されつつあります。肉料理の引き立て役ばかりでなく、直接消化剤として用いたり、ストレス解消のためお湯にマスタードを入れ足をつけるなど、リラックス効果にも利用されるようになりました。もともと中世より、色々な効能があるとして薬局に売られていたほどのマスタード。例えば湿布(粉、水等を混ぜ)として貼ると、消化器系・肺機能・気管支炎・うっ血に効くという説もあります。今後は食用ばかりでなく、薬用としての利用価値もどんどん見直されていくことでしょう。

 さて、「ビスター」社の主力商品は「インペリアル」ですが、他にも「ピカリリー(ピクルス入り)」、「シャンピニオン入り」「蜂蜜入り」等があります。そのほかマヨネーズ、ピクルス、ケッパーも美味しいと評判です。

ビスターは、1877年からあった小さなマスタード工場を初代ビスター氏が、商標、工場、機械を買い取り1926年スタート。今でも他資本や人材の流入なく、純家族経営を貫いています。見学後お話を伺ったファビアンヌさんは三代目女性社長。旦那様の協力はもとより、「良い部下と素晴らしいスタッフに恵まれ、今までやってくることができた。これからも家族経営を守り続けたい」と語る彼女に、私達も心からエールを送りたくなりました。広告などの流通戦線に揉まれ、ひょっとすると見落としそうになる商品の中から、本当に良い商品を見つけ出す眼を、我々も培っていきたいものですね。

 

www.bister.com