ホップの話

 

2013年8月 

 

 

 

「ホップ」と聞いて何を連想しますか ? たいていの人は「ビール」ですよね。でもそのホップがどんな形でどんな香りなのかまで知っている人は少ないと思います。ベルギーの最西端、フランスの国境まであと10キロのところに位置するポプラング(Poperinge)はホップの町。ホップが手塩にかけて栽培されています


ホップはどこから来たのか?

 

文明の発祥地であるメソポタミアやエジプトの河川地帯に自生していたと文献にあるように、大昔から繁殖していたようです。その後、ホップ栽培は4~5世紀にはギリシャへ、そしてゴート人の移動に伴い、中央ヨーロッパやオリエントへと伝播。西ヨーロッパへは中世になってから伝わったといわれます。しかし、太古のホップは、現代の私たちにとっては当たり前の「ビール醸造」のために使われていたのではなく「薬」でした。では当時のビールは何を香り付けに使っていたのでしょうか?

 

ビールという飲物は4千年もの前からありました。エジプトでは国民の飲物であり、イベリア半島にまでも輸出していたといわれています。古代ローマの大プリニウス(1世紀)はこの飲物のことを「大麦のワイン」又は「液体のパン」と呼びました。液体のパンという呼び名からも想像できるように、この飲物は大麦(又はパン)を水で発酵させただけのドロドロとしたもので、ぼんやりとした味で消化にとても時間がかかるものでした。エジプト人は、それをショウガ、ナツメヤシ、ハチミツといったもので調味し、飲んでいたようですが、他の民族はサフラン、シナモン、ナツメグ、クローブ、クミンなどを使っていました。しかし、いずれにせよ胃には重たく、現在飲まれているような爽快でスッキリしたものとはほど遠かったと想像されます。いったい誰がホップをビール作りに使うことを思いついたのでしょう?

 

 

中国人のおかげ?

 

ホップで風味をつけたビールについての最古の文献によれば、広い意味での「アジア大陸」で始まったらしく、ロシア人や中国人はかなり昔からホップをビールの風味づけに利用していました。ですから今日でも、スラブ系中央ヨーロッパの諸国ではホップ栽培が重要な農業となっているのです。

 

では、ホップ風味のビール作りの方法がいつごろ西ヨーロッパに伝わったのでしょう。11世紀の初めではないかと推測されています。なぜならイギリスのベネディクト女子大修道院編の1070年付けの植物論に記録があるからです。当時の大修道院や僧院間ではかなり頻繁に交流があり、ビールやチーズ作りのノウハウが西アジア大陸の僧侶達により、西ヨーロッパに伝わったであろうと想像されています。

 

 

      ホップの実力 

 

こうして徐々に広まって行ったホップ味のビールは、単においしいだけでなく、もう一つのすぐれた利点がありました。制菌力が強く、細菌の繁殖を押さえビールの保存を可能にしたのです。ローリエやコリアンダーなども同様の効果をもつことはすでに知られていましたが、ホップのそれは比較にならないほど画期的でした。このことが知れ渡った16世紀の西ヨーロッパでは、猫も杓子もホップ栽培に乗り出しました。

 

 

いじめの結果のベルギーのホップ栽培

 

中世のフランドル地方はラシャ(毛織物の一種)工業で有名でした。東フランドルのゲントの町などは、12世紀初頭には人口12万を数えるほどの大都会で、当時のロンドンを凌ぐほどでした(パリなどは田舎も田舎だった)。西フランドル地方のラシャ工業の中心はイープルで、ここはフランドル公爵の支配下にありました。1322年、フランドル公爵が、イープルの町から歩いて3時間以内の地域での一級ラシャ製品の製造を禁止するお触れを出したため、12キロしか離れていないポプラングは多大な被害をこうむることになりました。追い討ちをかけるように出された全面的禁止により、13世紀以来ラシャ製造で繁栄していたこの町の人々は生活の道を断たれてしまいました。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。修道院という救世主が現れました。ポプラングの代官であったサン・オメール大修道院が、修道院内のビール製造用のホップ栽培を奨励したのです。


 

ホップとは?

 

ホップは、多年生の雌雄異株のつる植物で、自生のものは百年でも同じ土壌で生育するほど強い生命力をもっています。夏のポプラングの風物詩は、畑のあぜ道ぞいに立てられた支柱に絡まるホップ。まるで緑色の屏風が立ち並んでいるかのようです。9月中旬に行われるホップの収穫は一見の価値あり。支柱からホップを勢いよく引きはがすと、たちまちまわりの空気がすべて香気に染まります。その清々しくキリッと締まった爽やかさ。心が洗われる思いがします。これはまさにアロマテラピー。いにしえの人々が枕にホップを忍ばせたのも道理です。

 

 

手のかかる栽培

ホップ栽培はとても手がかかります。冬の間に土を耕し、春になると根株から四方八方にのびる新芽を掻き取らなければなりません。さらに、伸びてきた若枝を一本ずつ忍耐強く手で鉄線に巻き付けていくキツイ作業が待っています。残念ながら今のところこの作業を機械化する方法が見つかっていません。6~7月にかけて、風通し、採光、発根を促すための整枝や剪定、病害虫に対してはタバコや石鹸液を吹きかける方法で対処して、8月の開花を待ちます。

 

花は円錐形の球果でコーンと呼ばれ、雌株のみに実ります。そのため7月には雄株を除く作業も欠かせません(雄株は交配のみに利用される)。1本のつるには何百というコーンが、まさに鈴なりにつきます。コーン1つは長さ約3センチほどのかわいいものです。一つのコーンは2060もの包葉で包まれ、まるで薄緑色の松ぼっくりのようです。それぞれの包葉の基は樹脂と油を含む黄色い物質で被われていて、これを乾かして得られるのがホップ粉、これがビール醸造のカギなのです。

 

 

期待される効用

 

ホップはビールの香りづけや抗菌だけではありません。消化を助け、鎮静、緩下、利尿、更には強壮にも効果があります。煮出してお茶として飲んだり、粉状でも売られています。現代医学では脳卒中の予防薬やパーキンソン病に利用され、肥満防止や糖尿病への効果なども報告されています。今後も注目したい植物といえます。