大使 塩尻孝二郎

Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary of Japan to the European Union

2014年6月


 

欧州連合日本政府代表部特命全権大使の塩尻大使と初めてお会いしたのが、タイ王国主催の音楽会でした。気さくで明るく人なつっこい大使に、たちまち親近感を覚えて嬉しくなったものでした。人の心をギュとつかむお人柄が、赴任する先々で人脈の輪を広げ、ワシントンやインドネシアでの草の根レベルの文化交流の促進や、日本祭りの企画・実行を容易にしたのだと推察いたします。また、ブリュッセルでも、EUとの交渉等「本業」に加え、東日本復興のためのFukkoコンサートをはじめ様々な支援活動を、色々な方々と一緒にサポートしておられます。「外交は人」とおっしゃる大使の素顔に迫りました。

 

父親の背中

外交官になりたいと思ったきっかけの一つが、8歳の少年の目に映った東京の姿でした。孝二郎少年は、トルコ専門の外交官であったお父様の赴任先トルコで、幼年期の5年間を過ごしました。その少年が帰国後に見たものは、戦後十数年経ったものの未だ復興の途上にあった日本でした。その時の光景が、幼い彼に外国と関わりたいという思いを抱かせました。

日本とトルコの外交に精根を傾けるお父様の姿をみていて、自分の進みたい道が決まったとおっしゃいます。「慎ましい生活でしたが、仕事に誇りをもち、トルコの第一人者を自負する父の姿が大きく見えました。ですから自分もそんな風にやりがいのある仕事がしたいと思いました」。

外交官試験に大学在学中に合格して、卒業と同時に外務省に入省。“さあ、やるぞ”と希望に胸を膨らませたスタート。と思いきや、周りが皆優等生に見えて、果たして自分みたいなもので大丈夫かと不安で落ち込んだこともあったそうです。

 

仕掛け人

大使は、民間人レベルの国際交流の強力な推進者でもあります。「日本のことをもっと知ってもらいたい、好きになって欲しい」との熱い思いは、ワシントンで手掛けた歌舞伎の公演事業をはじめ、特命全権大使として赴任したインドネシアでの「日本祭り」など積極的な交流への取り組みに伺い知ることができます。政・財界の要人との交流はもちろんですが、邦人企業の支援活動、セミナーやイベント、文化行事の開催、現地教育機関への訪問など、一般市民のレベルでの相互理解の推進に努められました。

民間人のなかに深く入っての熱心な文化振興は、多くの人の琴線に触れ、その離任は惜しまれたといわれます。離任の折、大使ご夫妻は、ユドヨノ大統領夫妻主催のチパナス宮殿での送別昼食会に招待されました。大使向けには異例となるこの招待は、日イの友好関係の向上への功労をねぎらうものであったことは明白です。

 

好きな食べ物

幼少時代をトルコで過ごされた大使のお好きなものは、パン、黒オリーブ、ヤギ・羊のチーズ、ミルクにヨーグルト。シンプルな素材だけに味にうるさく、こだわりがあります。例えばパン。日本のふわふわパンと違い、すこし酸っぱい噛みごたえのあるものや、クロワッサンがお好みとか。ブリュッセルではまだ美味しいクロワッサンが見つかっていないと残念そうです。朝市で美味しいものを探すのが楽しみで、見つけたときは嬉しいとおっしゃるざっくばらんな大使です。

 

あるときトルコにいた方から、既に40年前に亡くなったお父様のことが今でも話題にのぼると聞かされ、改めて父親の偉大さを感じ、嬉しかったものですとおっしゃる大使。まさに「この父にしてこの子あり」だと思いました。