指揮者 大野和士氏 Mr.Kazushi Oono

2014年1月

 

 

指揮者として今や世界的にその名が知られた大野和士さん。日本での数々の音楽賞や芸術選奨文部科学大臣賞などと共に、紫綬褒章、日本芸術院賞ならびに恩賜賞を受賞。活動の根拠地であるヨーロッパでも芸術賞を軒並にかっさらうなど、今一番輝いている指揮者の一人である。

7年前、NHKの看板番組「プロフェッショナル・仕事の流儀」で、当時モネ劇場(ベルギー国立歌劇場)の音楽監督・指揮者だった大野さんのドキュメントを撮る企画があり、プロデューサー、カメラマン、音声の3人と共にコーディネーターとして40日間の密着取材をした。大野さんとはそれ以来の知己だ。

 

2007125日(木)NHK総合テレビにて放送。

 

 

 

「ロメオとジュリエット」で始まった

 

撮影は、一ヶ月後にあるパレ・デ・ボザールでのコンサートの稽古場からスタートした。題目はベルリオーズの「ロメオとジュリエット」。この軽快なメロディーが今でも私の耳の底に残っているほど、そのテンポの速い指揮ぶりと、目前で行われる迫力ある演奏に圧倒された仕事始めだった。その時のことは下記の拙HPをご笑読いただくとして、その中で「大野さんが指揮者席に座ると、稽古場に一瞬ピンとした空気が張り、次の瞬間タクトの先から音楽が流れる」と書いたように、大野さんは100人近い多国籍のオケのメンバーの意識をギュッとつかみ、サッと解き放つ。メンバーはまるでお釈迦様の手のなかにいる孫悟空だ。悟空をのびのびと自由に遊ばせながら操っている大野さんだ。

 

 

栴檀は双葉より芳し

 

父親がかけるベートーベンの「英雄」を聞いて箸を振ったというエピソードがあるぐらい、クラシック音楽が流れると自然に体が動き出す子供だった。小学校中学年の頃から指揮を習い、6年生の時は公の場で指揮もしたという。

そんな和士少年だが、音楽のみでなく学業もスポーツも秀でていた。負けん気が強く、何にでも一番にならなければ自分に満足しなかった。だから芸大にもストレートで入学。26 歳の時から2年間はバイエルン国立歌劇場で、サヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。27才でイタリアの「トスカニーニ国際指揮者コンクール」優勝。30歳から6年間はクロアチアのザグレブ・フィル音楽監督。それ以降の履歴は大野さんのHPを参照して欲しいが、まさに破竹の勢いである。

 

才能がある人とはこういうものだろうが、凡人の私には完璧すぎるように思えるので、

「挫折ってありませんでしたか」と敢えて意地悪な質問をした。ありましたねぇ、二回だけ。

22歳の1982年、第17回東京国際指揮者コンクールで2位になった。絶対1位だと確信していたので、家族中が暗くなった。そのときの優勝者広上淳一氏は、指揮棒一本でオーケストラを統率し素晴らしく、自分と指揮のスタイルは異なるが、学ぶことは多かったと語る大野さん。大野さんは、自らが読み込んだ解釈を団員に言葉で伝えて、指揮棒を振るスタイルである。楽譜や原本を読むために、そしてそれを伝えるためにも言語の習得が必須だ。だから何ヶ国語も操る。そのうちロシア語やポーランド語もペラペラなんてことも可能なのが彼だ。まったく努力と勉強の人である。

二つ目の不本意だった結果は、26才の時に出たブタペストでの国際指揮者コンクール。4位だった。しかしこれを聴いていた元ザグレブ・フィル音楽監督が彼をクロアチアに招請し、その後ザグレブ・フィル音楽監督となったので、これは挫折とはいえないが。

 

 

リヨン

 


ベルギーの次はリヨン歌劇場の首席指揮者となり現在に至っている。美食の都で大いにフレンチ三昧かと思えば、相変わらずの日本食党である。もし地球最後の日が来て、何を食べたいかと聞かれたら、「白いご飯に納豆と生卵」だそうだ。これがオペラ公演でフランス批評家大賞やヨーロッパ賞を取り、何ヶ国語も操る人の言葉だと思うと楽しくなる。世界を股にかける人は、肉をもりもり食べガンガンとワインを飲みそうだがそのギャップが愉快だ。

ギャップといえば、家での大野さんは幼児の顔をしている。起きている間、いや寝ていても音楽のことしか考えない大野さんは家内のことはすべて才色兼備の奥さま任せ。というか、そんなことは眼中にないようだ。楽団員に向かいタクトを振る、またはオペラ歌手に歌詞の意味をかんで含めるように説明する時の、厳しいがイキイキとした情熱的な顔はそこでは見られない。奥様と食事や会話をしているときでも、フッと何かが気になると、相手の話はもう聞こえず、そっちの世界に没頭してしまう。楽聖と話をしているのだろうか。指揮者となるべくして生まれてきた芸術家の日常生活。やはり凡人とはちがっている。

今後も和食をエネルギーの糧として、「日本人指揮者大野」ここにありの大活躍をして頂きたいものだ。

 

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http://www.manneken.co.jp/story/column/vol_02.html